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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)9792号 判決

原告

福田孝

被告

納富文輔

主文

一  被告は原告に対し、金一二五三万七六八九円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払い済みまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

普通乗用自動車と自動二輪車が衝突し、自動二輪車の運転者が傷害を負つた事故について、被害者から、普通乗用自動車の保有者に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償を内金請求した事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

発生日時 平成四年一〇月九日午前六時三五分頃

発生場所 大阪府堺市茶山台三丁目一番一号先路上

加害車両 普通乗用自動車(和泉五三そ二〇八五)(被告車両)

被告運転

被害車両 自動二輪車(堺市た八七一五)(原告車両)

原告運転

事故態様 交通整理されている交差点を、南から北に進行していた原告車両と対向して北から西に右折しようとした被告車両が衝突したもの

2  被告の責任

被告は、被告車両を保有して、本件事故当時、その運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、本件事故による、原告の人身損害を賠償する責任がある。

3  原告の傷害

原告は、本件事故によつて、肝腎坐傷、第一ないし第四腰椎横突起骨折、左第七ないし第一一肋骨骨折、第一、第二腰椎椎間板ヘルニア、腹部打撲、外傷性頸部症候群等の傷害を負い、平成四年一〇月九日から同年一二月一八日までの七一日間、辻本病院に入院し、同月一九日から同五年四月二二日まで同病院に通院し(実通院日数三五日)、同月二四日から同年一〇月一三日まで、近畿大学医学部附属病院(近大病院)に通院した(実通院日数一二日)。

4  既払い

原告は、自賠責保険金二二四万円、被告加入任意保険会社からの一八一万〇一七六円、労災保険金として、入院付添費四四万二二九四円と治療費六一万二二〇四円、障害厚生年金(平成七年六月分まで)合計一六七万九二七一円のそれぞれの支払いを受け、同年金の同年七月分八万九八八三円の支払いを受けることが確定している。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告主張

本件事故の態様は以下の通りである。即ち、被告車両は、対面信号青で交差点に進入して停止したところ、原告車両を交差点南側に認めたが、信号が変る頃であつたので、停止すると判断し、徐々に発進した。すると、原告車両は、対面信号が黄ないし赤であつたのに、そのまま直進してきたので、被告車両が停止した。一方、原告車両は、ブレーキをかけたが、路面が濡れており、速度が出ていたため、スリツプし、バランスを崩して転倒し、その後、被告車両に衝突した。

したがつて、本件事故については、六割の過失相殺をすべきである。

(二) 原告主張

争う。

本件事故は、青信号に従つて直進してきた原告車両と対向右折してきた被告車両との衝突事故であるから、過失相殺の割合は二割とみるのが正当である。

2  後遺障害の内容、程度

(一) 原告主張

原告には、自賠法施行令二条別表後遺障害等級六級五号(以下、級及び号のみ示す。)の脊柱の著しい運動障害に該当する胸腰椎可動域制限(前屈一五度、後屈五度、右旋二〇度、左旋二〇度、右屈一〇度、左屈一五度)、八級二号の脊柱の運動障害に該当する荷重障害、一二級一二号の頑固な神経症状に該当する両下肢の痺れの各障害が残存し、現実に、コルセツトを永久に装着せざるを得ない状態であり、肉体労働は全く無理であり、デスクワークといえども坐位が長時間できず、支障があるから、少なくとも六級と評価されるべきである。

また、仮に、右障害を、脊柱の著しい運動障害ないしその運動障害と評価できなくとも、七級四号に該当する神経症状というべきである。

(二) 被告主張

争う。

著しい運動障害とは、広範な脊椎圧迫骨折又は脊椎固定術等に基づく脊柱の強直もしくは背部軟部組織の明らかな器質的変化のため二分の一以上制限されたもので、運動障害とは、エツクス線上明らかな脊椎圧迫骨折又は脱臼が認められる場合、脊椎固定術等に基づく脊柱の強直がある場合等で二分の一程度制限されたものであつて、いずれも、椎体に骨折固定術等がなければならないところ、原告にはそれらがないから、原告の障害は、自算会で認定済みの一二級一二号に該当する神経症状に過ぎない。

3  損害

(一) 原告主張

治療費(文書料含む。)二〇一万九〇一四円、付添看護費四九万七五五三円、入院雑費九万二三〇〇円(1300円×71)、通院交通費四万九四〇〇円(1000円×47+200円×12)、休業損害九八万九〇六四円、入通院慰謝料二〇〇万円、後遺障害逸失利益二八五二万三三九〇円(865万8407円×0.30×10.981、現状では収入の減少はないが、まず、後遺障害によつて、子会社への出向を余儀なくされ、仕事もない状況となり、解雇の危険もあり、昇格、昇給も遅れていたものであるから、三〇パーセンの喪失率を認めるべきである。)、後遺障害慰藉料一〇五〇万円、弁護士費用三〇〇万円

(二) 被告ら主張

治療費、入院雑費、休業損害は認める。付添費に関しては、原告が前記の金額を入院中の付添費として支出したことは認めるが、一日一万二二一二円の二三日分のみ、その必要性及び相当性を認める。通院交通費は知らない。入通院慰藉料は一二〇万円が妥当である。後遺障害逸失利益は、復職後収入減がないから、否認する。後遺障害慰藉料は一二級相当の二二〇万円の限度で認める。弁護士費用は争う。

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  本件事故の態様

(一) 前記認定の事実に、甲二、一二、乙五、検乙一の1、2、原告及び被告各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、南北に延びるセンターラインのある、車道の幅員一一・二メートルの、歩車道の区別のある直線路(南北道路)と、東西に延びるセンターラインのある、車道の幅員一〇・四メートルの、歩車道の区別のある道路(東西道路)が交差する、信号機によつて規制された交差点(本件交差点)上で、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故現場は市街地にあり、本件事故当時は朝であつて、交通で普通で、東西道路と南北道路は互いに見通しが悪かつた。本件事故現場付近の道路は、アスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時、雨上がりで、路面は湿潤していた。南北道路は時速四〇キロメートルに規制されていた。

被告は、被告車両を運転して、南北道路を南進していたところ、本件交差点で右折するため、青信号に従い、本件交差点に進入し、別紙図面〈1〉付近(以下、符号のみで示す。)で停止していたところ、〈ア〉付近を、時速四、五〇キロメートルで、減速せず、対向直進してくる原告車両を認めたが、その前を危険なく右折しうると判断し、被告車両を発進させ、〈2〉に至つたところ、〈イ〉を走行中の原告車両を認め、危険を感じ、ブレーキをかけたものの、及ばず、転倒した原告車両と被告車両の左前スカート部分から左前のバンパー部分が衝突した。

原告は、原告車両を運転して、南北道路を、時速四、五〇キメロートルで北進していたところ、本件交差点に差し掛かつたが、対面信号が青で、右折車と思われる被告車両が〈1〉で停止していたのを認め、待機してくれると軽信し、そのまま進行していたところ、被告車両が発進したのを認め、危険を感じ、転倒し、前記の態様で被告車両と衝突した。

(二) なお、乙五(被告作成の事故内容報告書)には、被告車両が右折待機のため停車後発進した際には、信号がそろそろ赤に変わるころであつたとの記載載分があり、被告本人尋問中でも、対面信号で黄色で発進した旨の供述部分があるが、右尋問中で、右記載部分及び右供述部分は、被告車両の停止していた時間からの推測で、自らの目で確かめた記憶がないとの供述も考慮すると、原告本人尋問の結果に照らし、信用できない。

また、甲一二の記載、原告本人尋問での供述中には、原告車両は、被告車両と衝突する前には転倒していない旨の部分があり、後記認定及び甲二によると、原告ないし原告車両には顕著な擦過痕は認められなかつたものであるが、まず、右供述については、衝突直前の記憶が曖昧であることが窺われること、次に、擦過痕の乏しい点については、原告車両転倒後、擦過する間もなく被告車両と衝突することもありうることからすると、甲二、検乙一の1、2によつて認められる被告車両の左前スカート部分の破損状況、乙五、被告本人尋問の結果に照らし、右供述を採用することができず、擦過痕が乏しいこと一事をして、衝突前の転倒がなかつたとは推認できない。

2  当裁判所の判断

前記認定の事実からすると、原告にも、右折待機車の動静注視が不十分であつた過失及び時速五ないし一〇キロメートル程度の速度超過の過失があるので、相応の過失相殺をすべきところ、本件事故が、青信号に従つて右折した普通乗用自動車と自動二輪車の衝突事故であること、原告には前記の程度の速度違反があることからすると、過失相殺の割合は二割五分をもつて相当と認める。

なお、被告は、原告車両が転倒したことを根拠に、原告の過失割合を加重すべき旨主張するものの、被告車両が、停止後右折を開始した際の原告車両との距離が四〇メートル程度に過ぎず、原告車両の進行を遮つた結果となつたことがその転倒の主たる原因であること、被告車両が右折開始直前は停止していたことから、原告にとつては被告の右折開始は意外であつたこと、原告は速度違反はあつたものの、その程度は、時速約一〇キロメートル弱に過ぎないことからすると、転倒したことを斟酌しても、過失相殺の割合は、前記の程度に止めるべきである。

二  後遺障害の内容、程度(争点2)

1  原告の症状(主に腰部、下肢症状)の経過

前記認定の事実に、甲三の1ないし4、四の1、2、五ないし八、一〇、一一の1、2、一二、一五、乙一、六ないし九、証人富原の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

原告(昭和一六年五月一九日生)は、本件事故当時五一歳の、健康な男子で、大学の化学科を卒業した後、鉄鋼関係の錆落としやフロンガスの原料を製作している森田化学工業株式会社(森田化学)に勤務し、本件事故当時の役職は工場長付で、管理職である参事であつて、具体的には環境保全、安全関係の計画立案に携わつていたが、現実には、バルブを止めたり、手薄なところをカバーしたり、ポリ容器を運ぶ等の肉体労働的な仕事も行つていた。

原告は、本件事故によつて、肝腎挫傷、第一ないし第四腰椎横突起骨折、左第七ないし第一一肋骨骨折、第一、第二腰椎椎間板ヘルニア、腹部打撲、外傷性頸部症候群等の傷害を負い、平成四年一〇月九日、辻本病院へ救急車によつて搬送され、入院した。同月一二日、レントゲンで、第一腰椎の側方動揺性、右第一腰椎、左第一ないし第四腰椎の横突起骨折、左第一一ないし第七肋骨骨折が認められたが、膝蓋腱反射では異常はなく、痺れ、筋力低下も認められなかつたが、安静仰臥、側臥位不可、バストバンド固定等が指示された。同月一五日、CTで椎間関節突起の骨折が認められ、第一、第二腰椎間の脱臼が疑われ、右下肢の痛みが左下肢の痛みにまさり、ラセーグ徴候では、左右とも三〇度で陽性であつて、第一、第二腰椎間の神経症状が疑われた。同月一九日、ラセーグ徴候では、左右とも六〇度で陽性となり、膝蓋腱反射、アキレス腱反射がやや低下していたが、痺れや知覚障害は認められるず、同年一一月二日ラセーグ徴候では右が七〇度で陽性となり、左は(+-)で、徒手筋力テストでは、長拇趾伸筋、屈筋とも正常であり、同月二六日からフレームコルセツトを着用した。同月三〇日両側股間節痛を訴えたが、同年一二月三日フレームコルセツトを着用して、独歩可能となり、同月一八日、同病院を退院した。同月一九日から同五年四月二二日まで同病院に通院(実通院日数三五日)した。同四年一二月二四日右臀部の痛みを訴え、同五年一月八日から復職したものの、同月一六日、左肩の痺れを訴え、同年二月四日以降右臀部痛を訴え、同月一八日MRIで第一、第二腰椎間の狭小及び髄核脱出、即ち、腰椎椎間板ヘルニアが認められ、同月二五日腱反射は正常とされたが、同年三月二五日のレントゲン検査では狭小化が進んだように見え、同年四月八日ダーメンコルセツトを着用してみたものの、フレームコルセツトの方が疼痛の防止に優れていたので、それに戻し、その頃、歩行時に両下肢の痺れが出現した。その後、主治医である富原医師が辻本病院を退職したので、同月二四日から、富原医師の転医先であつた近大病院へ通院し、腰痛、両下肢痛、両下肢痺れ感、頭痛、頸部痛、両手痺れ感を訴えた。即ち、同日、ラセーグ徴候も右四五度、左六〇度で認められ、レントゲン写真では、横突起骨折の他、第五腰椎、第一仙骨間の狭小、第一、第二腰椎椎間板の狭小、第一腰椎の後方への上がり、第二椎体の上がりが認められ、同月二八日から腰部ホツトパツクのリハビリを始めた。同年五月二六日脊柱が全方向に硬直し、第一ないし第四腰椎に圧迫を認め、腱反射は正常であるが、ラセーグ徴候は継続し、右下肢の痺れ、痛み、知覚障害が認められた。MRIによつて、第一、第二腰椎間のヘルニアが認められ、腰椎牽引、温熱療法を受けたが、軽快せず、同年一〇月一三日まで同病院に通院し、同日症状固定した(原告五二歳)。同日の自覚症状は、右通院中と変わらず、他覚的症状及び検査結果は、腱反射は、上肢・下肢とも正常、ラセーグ徴候は両側六〇度陽性、両手、両膝以下に知覚鈍麻、握力右一九キログラム、左一五キログラムで、脊柱の障害は第一、第二腰椎椎間板狭小、横突起骨折癒合不全が認められるというものであつた。また、痛み等の神経症状及びフレームコルセツトの長期着用によつて、胸腰椎の可動域が前屈一五度、後屈五度、右回旋二〇度、左回旋二〇度、右屈一〇度、左屈一五度となつており、痛みの軽減のため、常にフレームコルセツトを着用していた。同様に、頸椎部の可動域も前屈四〇度、後屈四五度、右屈二五度、左屈二五度、右回旋三〇度、左回旋四〇度となつていた。また、右膝伸展、右足関節位背屈、右足関節背屈、左足関節背屈、底屈の筋力低下が認められた。富田医師の判断では、この時点で、歩行は一応できる程度で、肉体労働は全くできず、坐位を保ちにくいため、デスクワークにも支障があるとのことであつた。

原告は、平成六年一月一日付けで森田化学の子会社で、保険代理業を営む森栄通商に出向したが、有意な仕事は与えられておらず、具体的な減収はないものの、昇格、昇級はなくなつた。また、その後、森栄通商からも、再度、転職の打診を受けた。

原告は、平成六年二月一六日、身体障害者等級三級の体幹機能障害(歩行困難)に該当する旨の身体障害者手帳の交付を受けた。

原告は、症状固定後も、近大病院に通院し、対症療法を受けたが、症状は徐々に悪化し、階段の昇り降りも困難で、平成六年一月一九日頃、富原医師が手術するよう促したのを受けて承諾したものの、後に、ミスがあつたら、車椅子の生活となるだろうとの説明を受け、同月二四日、富原医師に、手術の延期を申し入れた。同月五月二日においても、日常生活において、フレームコルセツトの着用を要し、右膝伸展、右足関節位背屈、右足関節背屈筋力の低下、両手、両下腿以下の知覚鈍麻、疼痛性、筋肉硬直等の胸腰椎の可動域制限(正常の約三分の一)が認められ、その後、富原医師の転院に伴い、平成六年一一月頃から大阪赤十字病院に通院し、対症療法を受けているが、症状の改善はない。

2  当裁判所の判断

原告は、恒常的なフレームコルセツトの着用や腰部の可動域制限を根拠に、原告の障害を脊柱の著しい運動障害ないしその運動障害として評価すべきであると主張するものの、それらは、腰部の疼痛及びその防止のためのフレームコルセツトの長期着用によつていわば間接的に生じたものであつて、脊柱の固定術等の機械的な原因によつて直接的・物理的に生じたものではないから、運動障害として評価するのではなく、神経症状として評価すべきである。

そして、その程度は、前記認定の事実、特に、症状固定日以降の症状の程度からすると、原告は、本件事故による腰部ヘルニアないし腰椎の不安定性によつて、腰痛及び下肢の筋力低下の神経症状の障害が残存し、疼痛及びそれを避けるためのフレームコルセツト長期装着によつて、現実には腰部の運動が三分の一程度に制限され、フレームコルセツトの着用を余儀なくされ、肉体労働は困難で、軽作業程度しか携わることができず、デスクワークも長時間に渡つては困難で、下肢の神経症状、即ち筋力低下によつて、歩行にも支障がある状態といえるから、その障害は、神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの(九級一〇号)と解するのが相当である。

三  損害(以下、円未満切り捨て)

1  治療費(文書料含む。)二〇一万九〇一四円、入院雑費九万二三〇〇円(1,300円×71)、休業損害九八万九〇六四円

当事者間に争いがない。

2  付添看護費 四九万七五五三円

入院全期間の看護費用として、右額を要したことは当事者間に争いがないところ、前記認定の症状の経過、特に、独歩が可能となつたのが平成四年一二月三日が初めてであること、証人富原の証言によつて認められる担当医である富原の判断では症状の上では入院全期間の付添を付けることは問題ないとしていることによると、入院全期間の付添を相当と認めるべきであるから、右額となる。

3  通院交通費

前記のとおり、原告は、症状固定までに、四七日間通院したものであつて、原告本人尋問の結果によると、その間、妻の運転する自動車によつたことが認められるものの、その際要したガソリン代を裏付ける証拠はないから、通院交通費を特定して認定することはできない。

4  入通院慰謝料 一七〇万円

前記認定の傷害の程度、症状の経過からすると、右額が相当である。

5  後遺障害逸失利益 一二八九万四三七五円

甲一五によると、既に出向先から転職した可能性もあるが、転職先も特定しておらず、そこでの給与も判然としていないことからすると、甲一五の提出によつて、収入の現実減があつたとは認められず、他に、収入の減少があつたと認めるに足る証拠はないものの、後遺障害の程度が前記のとおりであること、原告が、後遺障害によつて、子会社への出向を余儀なくされ、そこでは、有意な職務を与えられず、昇給の点で不利に扱われていたこと、子会社ないしそこから余儀なく転職される先で就労を継続するに必要と推認される原告の努力の程度、今後の定年等の退職による失職の危険も考慮に入れると、労働可能年齢である六七歳まで、平均して一五パーセント労働能力を喪失すると推認できる。

そして、甲一一の1、原告本人尋問の結果によつて、原告は、本件事故時森田化学に勤務し、事故前年の平成三年には、八六五万八四〇七円の年収を得ていたこと、森田化学の定年は六〇歳であることが認められるから、基礎収入については、症状固定日から原告六〇歳までの八年間は、右年収を得た蓋然性が認められるものの、その後の七年間は、平成五年賃金センサス産業計企業規模計男子労働者六〇歳ないし六四歳旧大卒、新大卒平均賃金七三二万四九〇〇円によるべきである。

したがつて、新ホフマン係数によつて中間利息を控除して事故時の現価を算出すると、左のとおりとなる。

865万8407円×0.15×(7.278-0.952)+732万4900円×0.15×(11.536-7.278)=821万5962円+467万8413円=1289万4375円

6  後遺障害慰藉料 五五〇万円

前記の障害の程度からすると、それを慰藉するには右額が相当である。

四  過失相殺及び既払いの控除について

まず、労災保険金として支払われた入院付添費四四万二二九四円と治療費六一万二二〇四円の合計額一〇五万四四九八円は、労災事故における積極損害を填補するためのものであつて、労災保険の性質も考慮にいれると、積極損害に該当する損害の合計額を過失相殺した後に控除する。したがつて、前記認定の治療費、付添看護費、入院雑費の合計額二六〇万八八六七円について、二割五分過失相殺すると、一九五万六六五〇円となり、そこから、一〇五万四四九八円を控除すると、積極損害についての残損害額は、九〇万二一五二円となる。

次に、障害厚生年金については、支払いが確定した額について、控除の原因となるところ、前記のとおり、被告主張の平成七年七月分までは、その支払いは確定しているから、既払い額一六七万九二七一円と右支払いの確定している額八万九八八三円の合計である一七六万九一五四円を控除すべきである。そして、右年金は、被用者であつた障害者の所得保障を目的とするものであるから、控除の対象は消極損害に限られるべきであつて、保険料の拠出者が被用者及び勤労者であること、制度目的が被用者の福祉の増進であることからすると、健康保険における診療給付と同様に、過失相殺前に控除をすると解するのが相当である。したがつて、前記認定の休業損害及び後遺障害逸失利益の合計額一三八八万三四三九円から、一七六万九一五四円を控除すると、一二一一万四二八五円であり、二割五分過失相殺すると、消極損害の残損害額は、九〇八万五七一三円となる。

そして、自賠責保険金及び被告加入任意保険会社からの支払い金合計四〇五万〇一七六円は、交通事故における人身損害全体の賠償を目的とするものであるから、全ての項目の損害の合計額を過失相殺した後に控除するものであるから、前記の積極損害残損害額九〇万二一五二円、消極損害残損害額九〇八万五七一三円と、慰藉料の合計額七二〇万円を過失相殺によつて減額した五四〇万円を合計した額一五三八万七八六五円から、四〇五万〇一七六円を控除すると、一一三三万七六八九円となる。

五  弁護士費用 一二〇万円

本件訴訟の経過、認容額等に照らすと、右金額をもつて相当と認める。

六  結語

よつて、原告の請求は、一二五三万七六八九円及びこれに対する不法行為の日である平成四年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

(別紙図面)

〈省略〉

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